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香港の国家安全維持法で見えてきたこと、我々が今から備えるべきこと(元統合幕僚長の岩崎氏)
2020/7/21 9:22
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*09:22JST 香港の国家安全維持法で見えてきたこと、我々が今から備えるべきこと(元統合幕僚長の岩崎氏) Covid-19(新型コロナウイルス)対応に明け暮れているうちに、今年はもう半年が過ぎてしまった。世界では感染者数が既に1,000万人、死者数50万人を超えているが、感染拡大が留まる所を知らない勢いである。このウイルスが中国武漢市周辺で拡散して中国が公式にそれを発表した当初、各国の政府関係者も含めた多くの方々は、これほどの事態になる事は予測していなかったのでないだろうか。これまでにパンデミックと言えば、ペスト菌、天然痘、黄熱病、スペイン風邪等の世界的大流行があった。しかし、これらの伝染病は20世紀初頭以前の事であり、現在の医学からすればCovid-19おいては通常のインフル・エンザ的拡大こそあっても、それ程ひどくならないのでないかという楽観的見方が多かった。SARSやMERSがかなり限定的な伝搬で収束させることから、そのような見方になったのかもしれない。 私は長年、安全保障や軍事、危機管理を専門にしていたことから、何かの事象が起こった場合に、先ず「最悪の事態」を考えることにしている。当然、大方は最悪の事態にはならず、未然に防止される場合の方が多い。1月中旬に偶然にも台湾を訪問した際、既に台湾は12月末までに武漢市を中心に広まっている感染症らしき病気の情報を知り得て、1月2日に最初の対策会議を行ったとの事を拝聞し、自身の未熟さに反省させられた。私もインターネット経由で何らかの感染症が発生しているであろうことは知っていたものの、その時点で我が国のマスコミが全く報道していなかったこともあり、殆ど気にしていなかったからである。台湾は、この感染症がかなり深刻な事態を引き起こすという認識を当初より持っており、中国からの移動制限を早期に開始した。所謂、水際作戦である。その後、我が国ではダイヤモンド・プリンセスの横浜港入港以降、Covid-19についての報道が多く見られるようになったものの、この感染症はこのダイヤモンド・プリンセスに限られたものであり、一般の市中に来ないものというような報道姿勢も散見された。そして、感染症の専門家の多くは、極めて楽観的な意見を述べていたことも記憶に新しい。彼らが根拠にしていたのが、中国がそれまで公表していた感染者数と致死率であった。中国では火葬場に搬入されるご遺体の半数以上が各家庭から直接で、死因が特定されないご遺体が多いのである。彼らは中国専門家でなく、致し方ない面もあるが、この様な事実を知らなかったか、知っていても考慮の外としていた。その後、ある程度事態が経過した時点から、感染症の専門家の意見が逆方向に振れ、過度な警告をし始めた。この両極端な反応は、どちらも危機管理の観点から失格である。危機管理には「事実の確認と冷静さ」が求められる。 世界の多くの国々がこのCovid-19の深刻な事態への対応中に、中国は延期されていた「全国人民代表大会(全人代)」を5月22日から開催し、「国家安全法」を決定した。引き続き行われた全人代常務委員会で6月30日、「香港国家安全維持法」を決定し、即日公表・施行した。この事に世界が即座に反応し、「約束違反である」との強い抗議が巻き上がっている。 英国と中国のアヘンを巡る争い(英国がインドで栽培していたアヘンを中国に密輸しており、このアヘンを清朝が没収し焼却・投棄したことから起こった争い)の結果、国力の圧倒的な差により英国が勝利して1842年に南京条約が締結された。これにより英国は、香港を中国から永久に割譲したのである。その後、紆余曲折があったものの、英国と中国の重なる協議の結果、英国が香港を1898年7月1日から99年間租借する事で両国間が合意した。その期限が1997年6月30日であり、英国は約束どおり香港を中国へ返還したのである。この香港返還に関しての協議は1980年代、トウ小平時代に開始された。一方の英国は“鉄の女”と呼ばれたサッチャー首相の時代である。度重なる協議の結果、返還された以降も50年間(2047年迄)、香港ではこれまでどおりの自由経済システムを維持する、所謂「一国両制度(当時)」が妥結された。今巻き上がっている中国への抗議は、今回の「香港国家安全維持法」で中国政府の香港への統制・関与が強まり、民主主義的な自由経済が破壊される事への懸念であり、中国が約束を守っていない事に対するものである。 お叱りを受ける事を覚悟で申し上げると、私は香港について、約束が守られることがないだろうと感じていた。英国や米国は、香港で所謂「一国二制度」が採用されることによって、北京が民主主義を理解し、自由な国(我々に近い国)になるかも知れないという淡い期待を擁いていたことは事実である。中国が変化する可能性もゼロではなかった。ただし、中国にとっての「条約・協定・約束」とは、相手に強要するものであり、中国にとって都合が悪い事を守らなくてもいいと考えているような事例が枚挙に暇がない事も事実である。今回の中国への批判である「50年の約束は?」、「まだ23年しかたっていない」ということは、中国にとって何の意味もない。いずれにしても50年後(2047年)には、この様な事になる予定であって、少し時期を早くしただけである。中国に対しては、現実味のない淡い期待を持ってはいけない。もし事態をより遅らせようと真剣に思っていたなら、中国が香港に対して支配・統制権を強める事がないよう世界的な注目を集めさせ、事前に強い警告を出しておくべきだったのである。我々はこれまで、中国に対してあらゆる努力を尽くしてきたのだろうか?私には、そう思えない。私は、今各国が取ろうとしている香港や中国への各種制限や締め付けを否定している訳ではない。当然、やるべきと考えているが、時期を失しているのではとも感じている。 さて、それでは我々は、これから何をすべきなのか?何を備えておかないといけないのかについて述べたい。 中国は、時々「核心的利益」との言葉を用いる。中国が香港にこの表現を使用したことは記憶にない。その理由は、中国にとって香港が1997年に返還された事を持って完璧に中国のものになったという認識に立っているからであろうと私は思っている。最近では「一国二制度」に絡めて、香港とともに台湾が挙げられることが多くなった。中国は予てから「台湾は核心的利益」と主張している。この主張について、台湾にまだ中国の力が及ばないものの、そのうち台湾に対する中国の影響力を強め、統制下・支配下に入れるという意思表示だと私は思っている。 中国の次の一手は、明らかに台湾である。本年4月15日中国東部戦区(日本や台湾を管轄する地域軍)の陸軍司令官が「妄想を捨て戦闘を準備せよ!」との公式発表を行った。また同日、中国国務院台湾弁公室が「台湾の武力統一はいつ開始すべきか?」との論文を発表した。当然、全て鵜呑みには出来ないが、「火のない所に煙立たぬ」である。この様な直接的な表現がこれまで見られなかったことを考えれば、明らかに次のターゲットは「台湾」ということになる。最近の中国海軍・空軍の台湾周辺での活動はそれを裏付けており、刻々とそのような時期が近付きつつある事がうかがえる。中国が香港に対して起こした様な行動を取らせない為に、各所に各種の楔を事前に打っておく必要がある。 トランプ大統領は、4年前の大統領選挙期間中から「二つの中国」で何が問題だ、との考えを披露していた。そして就任後も暫くは、そのことを発言していたものの、流石に多くのスタッフからのアドバイスで「二つの中国」との発言を封じている。しかし、彼は大統領へ就任以降、米国の「台湾関係法」を全面的に見直し、政府高官の相互交流、軍事交流や武器供与まで可能にしている。米国は、既に潜水艦の開発協力からM1A2戦車、F-16V戦闘機、高性能魚雷まで台湾に売却することを決めている。安全保障の観点からの判断か、商売だけの事か定かではないが、台湾の戦略的価値を考えれば、結論的には極めて妥当な処置である。もし仮に台湾が中国の支配下に入れば、東シナ海、南シナ海は完全に中国の内海化する。これは、日本にとって、また米国のインド太平洋軍にとって死活的な問題となる。これは何としても阻止しないといけない。 この様に台湾は我が国とって極めて重要な国であるにも拘らず、「一つの中国」政策の為、台湾とのあらゆる公的な交流な極端に制限されている。民間交流は、ある程度進んでいるものの、やはり民間も日本政府や中国政府の顔色を見ながらの交流であり、低調と言わざるを得ない。昨今の我が国を取り巻く緊急度を考慮すれば、一刻も早く対策を講じないと、台湾も香港同様になってしまう可能性がある。具体的な対策案は以下の通りだ。 (1)両国議員公式交流・政府高官公式交流(OBの活用) 先ずは、両国の政府代表(議員・閣僚や政府から指名された民間企業代表等)の公式交流を開始すべきである。最初は小規模な交流から始め、状況を見つつ拡大していけばよい。 (2)両国間の情報人事交流・情報交換⇒戦略対話、各種TTX/演習参加 次に、政府の職員の交流である。すでにごく限られた分野で行って来ているものの、徐々に拡大していくべきである。特に重要な分野は、情報分野である。これを拡大することで、戦略対話の道が開ける。そして、各部署のTTX等へと繋がる。 (3)政府間ホットライン構築(海難救助や災害派遣等の調整の為) 現状においても台湾周辺や沖縄周辺海域は海難事故が度々発生する地域である。この救難救助事態で、日本と台湾の連携が必ずしも十分でない事が問題である。事に備え、両国間担当部署同士の専用回線が是非必要である。また、平時からいろいろな訓練を両国間で行っておく必要がある。 (4)民需促進(サプライ・チェーン構築)等 民間レベルではある程度の交流やサプライ・チェーンに組み込まれている分野もあるが、まだまだ限られている。台湾の持つ科学技術レベルには世界の最先端を行くものも多い事から、両国の民間レベルでの交流を促進すべきである。 以上思いつくままに列挙したものの、肝心な事は、政府として決心して動くことである。当然のことながら、上記の事を進める際に米国との連携を取りながら行うべきであり、米国以外の英国や豪州、インド等との連携も重要である。 台湾の定期的なアンケートでも、大方の国民(80%以上)は日本に好感を持っている。台湾は民主主義の国であり、価値観も我が国とほぼ変わらない。我が国とって極めて重要な国である。我が国は、もっと台湾に関心を払うべきである。(令和2.7.20) 岩崎茂(いわさき・しげる) 1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。 《SI》
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