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自由港はEUとのFTA交渉に悩む英国を救えるか【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】

2020/8/21 10:50 FISCO
*10:50JST 自由港はEUとのFTA交渉に悩む英国を救えるか【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】 イギリスは、今年の1月31日に欧州連合(EU)を離脱してから、EUをはじめとする多くの国や国際機関との新たな関係を定めるために様々な協議を行っている。その大きな分野の1つが貿易であり、EUとの新たな貿易協定が最大の課題の1つだ。イギリスの2018年の総輸出額は4,640億ドル、総輸入額は6,510億ドルだったが、EUへの輸出額は2,600億ドル、輸入額は4,080億ドルと、EU向けは輸出の56%、輸入の62%以上を占めている。 EU単一市場との関係がこれほどまでに強かったことから、市場へのアクセスをこれまでと同程度に維持したいイギリスと、加盟国とは同じ待遇を提供できないとするEUとの対立は明らかで、合意点を見出すのが困難な状況が続いている。特に、EUが主張する「公平な競争環境(Level Playing Field)」は、イギリスに離脱後も競争上の規制基準をそのままにするよう求めており、EUの要求はイギリスにとっては厳しいものとなっている。EUの規制基準に従うのであれば、何のためにブレグジットを断行したのかわからなくなってしまう。 EUとの協議が難航することをある程度予測できたイギリスは、アメリカをはじめとする多くの国々と自由貿易交渉を並行して行っている。2019年9月10日に行われた、戦略的貿易専門家グループ(Strategic Trade Advisory Group)の第2回会合では、国際貿易省が取り組む優先課題がいくつか提示されたが、その1つとしてアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドとの自由貿易協定(FTA)が明確に示されている。そして、この優先課題には、継続性を持った協定の締結、投資の国内誘致、輸出の拡大などとともに、10か所の自由港の開設が提示された。 国際貿易省の説明によれば、自由港では税制上の優遇措置が受けられ、このエリア内であれば輸入財の保管や加工、再輸出には関税がかからないことになる。無関税ということであれば、輸出入業者にとっては段階的に関税障壁をなくすようなタイプのFTAより有利な条件となり、FTAを結んでいない国もその恩恵を受ける可能性が生じる。政府は、こうした措置によって自由港がハブとなり、国際貿易を加速し、国内投資が促進され、生産力の向上などが図られて新たな雇用機会がもたらされると考えている。 2018年のイギリスの品目別輸出額では、機械類、輸送機器類、化学製品、鉱物製品、貴金属が上位5品目であり、これらの合計輸出額は総輸出額の71%に達し、品目別輸入額では、上位5品目は機械類、輸送機器類、鉱物製品、化学製品、貴金属で、合計輸入額は輸入総額の62%を占めている。これらの品目は、特定地域としか取引できないというような地域的制約を受けにくいものであり、生鮮食品のように輸送距離によって損耗を考慮しなければならないものでもない。取引増加による貿易額の伸びが輸送コストの増加を相殺できるようであれば、EU市場からの振り替えも有効な対策となり得よう。自由港の開設は、そのための政策としてみることもできる。しかしその一方で、自由港の開設による経済への影響についての具体的な試算等は発表されておらず、一部の専門家からは否定的な影響も指摘されている。 イギリス国内での自由港に関する協議は、2月10日に公示され4月20日に締め切られるはずであったが、新型コロナウイルスの影響もあったことから7月13日まで延期されていた。これから、自由港の認定を申請する地方自治体の募集が開始され、来年春までに選定作業を終える予定だという。そして、2022年度予算に自由港に関する大規模な税制・規制改革を導入し、2022年4月から関税が免除される予定である。 今月7日、リズ・トラス国際貿易相は、進められていた日本との自由貿易協定が8月末に妥結される見通しを明らかにし、合意した内容は、現在日本とEUが結んでいる協定を大きく上回るという認識を示した。EUが2019年10月に公表したEUの貿易協定の履行に関する年次報告によれば、EUの貿易協定には4つのタイプがある。日EU経済連携協定(日EU・EPA)は、知的財産権、サービス、持続可能な開発などを含む第2世代協定にあたる。最終的な合意内容は未確認だが、成立すれば日EU・EPAよりも強い経済関係が結ばれ、ブレグジット後に初めて締結される主要な貿易協定となり、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドをはじめとする各国と続けられている協議に良い影響を与える可能性もある。 その一方で、イギリスはEUとの自由貿易協定に関する協議の期限を今年末までとして、EUとの合意で認められている2022年までの延期は求めない方針だという。そうであれば、自由港の開設はEUとの交渉期限から大きく遅れることが確実となる。日本との協議は妥結の見通しだが、その他の国との協議はいまだ継続中である。EUから独立し、海洋大国を目指すことを選んだイギリスだが、その重要な要素である貿易関係の再構築のために残された時間は必ずしも多くはないだろう。 サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。 《HH》