*10:24JST アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(1)【実業之日本フォーラム】
1.カブール陥落
2018年、国連での仕事のため、しばらくカブールで働いた。カブール市内の道路には高さ制限のバーが並んでいた。その前年、大使館地区のど真ん中で2トンの爆薬を積んだ大型トラックによる自爆テロがあり150名以上が亡くなった。高さのある車は爆薬を搭載している可能性があり、道路に並ぶバーは、それを通さないためのものだった。治安は悪化の一途をたどっていたが、それでもアメリカを中心とした主要国政府と国連は、ガニ政権とタリバンとの間で和平交渉が進むよう努力を続けていた。
それから3年。2021年8月15日、あっという間にカブールは陥落した。アフガニスタンのほぼ全土が約20年ぶりにタリバンの支配下に置かれることになった。
近年、タリバンは南部および東部の農村部や山岳部を中心に、支配地域を着実に拡大してきた。アフガン政府は米軍とNATO軍の強力な支援を受けながら、全国34の州都をなんとか確保してきた。しかし今年4月にバイデン大統領が駐留米軍を完全撤退させると表明すると、それまで力を蓄えていたタリバンが政府軍への攻撃を本格化させた。7月初頭には米軍の主要部隊が撤収した。ここでタリバンは攻勢を強め、8月6日に南西部ニムルズ州の州都ザランジを制圧。タリバンは次々と州都を陥落させ、ザランジが落ちた9日後、ついに首都カブールを制圧した。
国連時代の同僚をはじめ、多くのアフガニスタン人がカブール陥落前から国外退避をはじめていた。カブール陥落により、その動きは一気に加速した。空港には国外退避を求める人々が殺到した。一人でも多くの自国民と、長年、協力してくれたアフガニスタン人を退避させるため、米軍を中心に各国がオペレーションを開始した。8月26日にはイスラーム国ホラーサーン州(IS-K)が米軍と空港に集まった群衆を狙って自爆テロ攻撃を仕掛け、米軍の兵士13名を含む180名以上が亡くなった。
2.アフガニスタンという「巨象」
アフガニスタンはユーラシア大陸の中心にあり「文明の十字路」と呼ばれてきた。地政学上の要衝に位置することから大英帝国やロシア帝国など列強が進出を試みたが、アフガニスタンの人々は徹底して抗った。そのため「帝国の墓場」とも呼ばれた。ソ連も撃退した。いまアフガニスタンと国境を接するのはイラン、パキスタン、中国、タジキスタン、トルクメニスタンとウズベキスタンの6か国。さらにロシア、インド、カタール、サウジアラビア、トルコなどもアフガン紛争に何らか関与したか、直接の影響を受けてきた。
今回のカブール陥落に、こうした関係国を含め、国際社会が衝撃を受けた。思い出されるのは二つの出来事だ。2001年9月11日に起きた同時多発テロ。そして2011年5月2日(米国時間1日)、9.11テロの首謀者であったアルカイダの元指導者、ウサマ・ビンラーディンの殺害。アフガニスタンと聞いて多くの人々が思い起こす二つの出来事には共通点がある。いずれもアフガニスタンの国外で起きた、ということだ。9.11が起きたのはアメリカ、ビンラーディンが殺害されたのはパキスタンだった。これは今のアフガニスタン情勢を理解する上で示唆的である。
アフガニスタンは地政学やグレートゲームの文脈で語られることが多い。しかし我々は、アフガニスタンという国を、真正面から見てきただろうか。欧米、あるいはパキスタンなど南アジアや、地政学の視点からばかり、アフガニスタンを見てはいなかったか。
9.11から20年間、いやその前から、国際社会はアフガニスタンという「巨象」の輪郭しか捉えてこなかったのではないか。アメリカのみならず国際社会はアフガニスタンという巨象に振り回され、「群盲象を評す」を続けてきたのではないか。
9.11から20年間、ためらいながらも象使いを続けてきたアメリカは、ついにこの巨象から振り落とされた。
いま振り返るべきは、1996年のタリバンによるカブール制圧だ。タリバンは1994年、アフガニスタン南部の主要都市カンダハールに、パシュトゥーン人主体のイスラム原理主義武装組織として出現した。パシュトゥーンは多民族国家アフガニスタンで最大の民族である。タリバンはカンダハールを制圧して次々に既存の軍事組織を糾合したが、カブール制圧には1年以上かかった。ついにカブールを占拠すると、ナジブラ元大統領を処刑し、その遺体を市内の交差点で吊るし、女性の就労禁止、女学校の閉鎖、ブルカ着用強制など苛烈な支配をおこなった。アフガニスタンの人々は、この25年前のタリバンの所業を覚えている。
25年前と違って、なぜ今回タリバンは驚異的なスピードでアフガニスタン全土を制圧できたのか。そして今後、国際社会はタリバンと、どう向き合うべきなのだろうか。
『アフガニスタンという巨象:タリバンのカブール制圧、求められる外交の復権(2)【実業之日本フォーラム】』へ続く
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員
写真:AP/アフロ
【参考文献】
川端清隆『アフガニスタン』みすず書房、2002年。
川端清隆「タリバンの「勝利」がもたらすものは~米軍撤退に揺れるアフガニスタン2」『論座』、2021年8月21日付。
登利谷正人「アフガニスタン 米タリバン和平も平和の展望見えず」『外交』Vol. 60(2020年3月)
山本忠通「アフガニスタン紛争−和平と国連および日本」『中東研究』539号(2020年度 Vol. II)
山本忠通「論理的、洗練された一面も タリバンを熟知する日本人が見るアフガニスタンのこれから」朝日新聞GLOBE+、2021年8月19日付。
Benjamin Jensen, 『How the Taliban did it: Inside the ‘operational art’ of its military victory』, Atlantic Council, 15 August 2021.
Sami Sadat, 『I Commanded Afghan Troops This Year. We Were Betrayed.』, New York Times, 25 August 2021.
UNDP Statement on Afghanistan (20 Aug 2021)
William J. Burns, The Back Channel, Random House, 2020.
《RS》