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コロナ時代の「日本のガバナンス」(第1回)東京五輪をめぐる危機管理:リスク管理とリスクコミュニケーション
2021/7/30 9:15
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*09:15JST コロナ時代の「日本のガバナンス」(第1回)東京五輪をめぐる危機管理:リスク管理とリスクコミュニケーション 観客なき東京五輪が始まった。開催直前まで反対の世論が強く関係者の辞任・解任も相次いだ。しかしいざ開会してみると、柔道、卓球、スケートボード、ソフトボールなど日本勢の金メダル・ラッシュが続く。スポーツの持つ人間を感動させる力が、日本を席巻しつつある。 東京オリンピック・パラリンピック競技大会(東京大会)は9月まで続く。長丁場だ。大会運営のガバナンスに死角はないだろうか。危機管理の観点からは、いくつかの課題が見えてくる。 ■当初から感染症対策も検討していた 東京都のオリパラ招請を決定したのは、2011年12月、民主党政権の野田佳彦内閣であった。2013年9月、自民党政権を奪回した安倍晋三首相や猪瀬直樹都知事らがブエノスアイレスのIOC総会でプレゼンを行い、東京開催が決まった。このプレゼンの主たるメッセージの一つが「世界有数の安全な都市、東京」であった。東京大会のリスク評価は、この頃から始まっていた。準備委員会と東京都など大会主催者は、テロ、サイバー攻撃、災害、感染症などについてリスクシナリオを検討し、対処要領を準備した。公衆衛生の専門家は、海外からの訪日客増によって患者数が増えるリスクのある感染症として、デング熱や麻疹、風疹、水痘、感染性胃腸炎、結核などを懸念していた。しかし新型コロナのパンデミックにより、それまで想定してきたリスクシナリオやリスク評価を抜本的に見直すことになった。コロナの海外からの流入と、国内の感染拡大が、もっとも懸念すべきリスクとなった。 リスク管理として、政府は海外からの入国者を大幅に減らし、またほぼ全ての会場で無観客開催とすることで、大会開催と感染制御の両立をはかっている。2013年以降、訪日外国人のインバウンド市場は急激に拡大してきた。東京大会で予定していたチケット販売数はオリパラ合計で1,000万枚以上。観戦目的で来日する外国人は100万人に達すると見込まれていた。しかしパンデミックが収束しないことから今年3月に海外からの観客受け入れを断念した。さらに、メディアを含む大会関係者は当初18万人程度と見込まれていたが、絞り込みを続けた結果、約5万人まで減った。そして、オリパラの選手1万5千人ほどが入国する。当初は100万人規模の訪日客を全国で「おもてなし」する予定だったが、結局、受け入れ数は1割弱まで激減したことになる。大半の選手はワクチン接種を済ませており、出発前と入国時に加え原則として滞在中毎日、検査を受けるなど、厳しい行動制限もかかる。開会直前には菅総理自ら成田空港の検疫を視察した。 ■それでも政府の対応は改善している 我が国のコロナ対応では、リスクに基づく意思決定が課題となってきた。それでも、1年半以上に及ぶ長い危機になったコロナ対応の経験と教訓を踏まえ、政府の対応は少しずつ改善してきている。東京大会における水際対策も、その文脈で評価すべきである。厚労省は東京大会に備え感染症サーベイランスを強化し、2019年から運用していた「疑似症サーベイランス」が新型コロナの検出で見事に機能した。厚労省と国立感染症研究所(感染研)は全国の医師に対し、海外渡航歴があり、発熱や肺炎など感染症を疑わせる症状がある患者を診た場合、保健所への報告を求めていた。この制度が2020年1月15日、新型コロナ国内初症例の検知につながった。中国以外ではタイに次いで世界で2例目であった(詳しくは拙著「危機管理としての日本のコロナ対応」『アステイオン』第94号(2021年5月)参照)。しかし、2020年3月には入国拒否の遅れにより、欧州からの感染流入を食い止められなかった(『コロナ民間臨調報告書』第9章「国境管理」)。しかも検疫の検査対象は発熱など症状がある人に限られ、無症候感染者は検疫をすり抜け国内に流入してしまっていた。その反省から、2020年12月にイギリス政府が変異株を発表した際、日本政府はわずか1週間で原則として全ての国・地域からの新規入国を一時停止し、検疫を強化した。 中国や台湾のように強制力を伴う行動制限ができず、空港近くに入国者全員を14日間停留させる宿泊施設の余裕がない日本は、苦戦しながらも綱渡りの水際対策を続けてきた。同時に、島国の日本では、水際対策への期待も大きい。感染者は一人たりとも入国させるなと言わんばかりの厳しい声もある。しかし完璧主義ではコロナに戦えない。新型コロナに感染した人は発症2日前から、つまり症状がなくとも他の人を感染させてしまう。感染者の大多数が無症候と軽症である新型コロナを封じ込めることは極めて難しい。したがって、このウイルスを水際で絶対に流入させないという対策は、作戦として誤りである。ウイルスは国内に入ってくるかもしれないが、可能な限り迅速に検出し、感染拡大させないという作戦で臨むべきだ。 その意味で、厳しい国境管理、入国後の行動管理と毎日検査を組み合わせた東京大会の「バブル方式」は、これまでの教訓と、国内で動員可能な検疫のリソースを踏まえ、主催者が苦心して練り上げたものとして評価できる。7月1日から7月27日までに海外からは39,209人の選手及び大会関係者が入国し、うち陽性者は累計89人(7月29日時点)である。わずか0.2%に過ぎない。一方で、東京都では7月28日の一日だけで3,177人もの陽性者が確認された。いま懸念すべきリスクは、日本国内で流行している感染性の強いデルタ株が選手村や競技会場のバブルの中に入り込み、選手や大会関係者で感染拡大することだ。さらに、デルタ株に感染した大会関係者が帰国し、変異ウイルスの影響をほとんど受けていない国々で感染拡大を招くリスクもある。 ここで大切なのがリスクコミュニケーションとなる。これは国内と海外の二正面作戦だ。国内向けには、東京都はじめ全国で感染爆発しているのにオリパラを続けるのかという世論に対応する必要がある。同時に、海外に対しては、日本の感染爆発が選手や大会関係者に影響するのではないかという不安とともに、高温多湿への対策が万全かという競技運営への不安にも応える必要がある。 ■危機管理の本番はこれから リスクコミュニケーションでは、まずリスクの危険度を評価し、次にリスクの影響を受ける相手(受け手)がリスクをどう認識しているか把握し、それらに応じて適切なコミュニケーションを選択するのが定石である。相手が同情的であればまだしも、ネガティブな感情を抱いている場合、リスクの危険度に応じて対応を変える必要がある。 第一に、リスクが深刻な場合は有事であり「クライシス・コミュニケーション」が求められる。やるべきことは、まず何が起きているか正確に把握し、スピード感をもって、わかりやすく説明することだ。そして受け手の興奮する感情に向き合いつつ、事態を収拾する。もし危機が長引くようであれば、受け手に対して危機感を共有してもらえるよう納得感のある説明をする。開会直前に、開会式のショーディレクターが1990年代のコントでホロコーストを題材にしていたことが発覚した。組織委は同氏をすぐ解任するとともに、橋本会長の記者会見において同氏はクリエーティブチームの「一員」であり、同氏が一人で演出を手掛けている個別の部分はなかったことを確認し、開会式は予定通り実施すると発表し、事なきを得た。他方で、国内の感染爆発においては去年効果があった「3密回避」のようなわかりやすいメッセージを打ち出すことができていない。国民に納得感があり、危機感を共有してもらえるようなコミュニケーションが課題となっている。 第二に、リスクの危険度はそれほど高くないが、そのリスクに対して受け手が怒りや恐れを感じている場合は、リスクコミュニケーションの中でも「憤慨のマネジメント(outrage management)」が求められる。やるべきことは、まず耳を傾け事実を把握し、なぜ危険でないのかについて正確な事実を伝えることだ。そして受け手に敬意を払いつつも、落ち着かせる、という手順を踏む必要がある。これがうまく行ったのがテニス、ウィンブルドン選手権における芝のコンディション問題であった。優勝候補であったセリーナ・ウィリアムズが1回戦で足を滑らせ負傷して棄権するなど、転倒者が続出。コートの芝に問題があると批判の声が高まった。競技運営に決定的なダメージを与えるほどのリスクではなかったが、大会主催者は芝のコンディションについて声明を発表した。主催者は、芝生には例年どおりの綿密な準備とチェックが行われていると述べた上で、転倒者が続出した2日間の天候は過去10年間で最も雨が多く、芝が濡れていたことは認めた。そのうえで、主催者は毎朝、芝の硬度と水分量を測定しており問題ないことを確認しており、また長年勤務しているチームはこれまで様々な気象条件を経験し、最新の技術も駆使し、あらゆる天候に備えて対応していることを説明し、選手に理解を求めた。この声明発表後、批判は収まっていった。 五輪のテニスでも、コートが高温多湿であることに多くの批判が寄せられた。BBCでは世界ランキング1位のノヴァク・ジョコビッチが不満を述べる姿が報じられた。ある女子選手は試合途中に動けなくなり、車いすで運び出された。こうした批判に対し、自らもオリンピアンであった小谷実可子スポーツディレクターは記者会見で、事前に国際テニス連盟と準備を続けてきたこと、コート内の氷や冷風設備などの猛暑対策について説明した。そのうえで、試合時間の調整にも取り組んだ。7月28日の錦織圭とジョコビッチの準々決勝は午前11時から午後3時に繰り下げられた。このように選手に寄り添う「憤慨のマネジメント」は、今後も必要になるだろう。 東京大会は本来、日本全国の人々、老若男女が訪日客への「おもてなし」を通して日本が世界を身近に感じ、また、世界に日本を発信する絶好の機会となるはずであった。残念ながらパンデミックによって、そうした当初の意義は大きく減じられることになった。しかし東京大会の火は、ブエノスアイレスから8年、1年の大会延期を経て、ようやく灯ったところだ。菅総理が述べたとおり、感染を制御しながら東京大会を運営し「新型コロナという大きな困難に直面する今だからこそ、世界が一つになれることを、そして、全人類の努力と英知によって難局を乗り越えていけることを、東京から発信」できるか。あるいは危機管理でしくじり、危機に弱い日本を世界に見せることになってしまうのか。本番はこれからだ。 (2021年7月29日記) 相良祥之 一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・民間で国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。これまで外務省 北東アジア第二課、国連事務局 政策・調停部(平和・安全保障)、国際移住機関IOMスーダン、JICA、DeNAで勤務。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。 《RS》
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