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二つの大国に挟まれたカザフスタンの憂鬱【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
2020/2/12 13:59
FISCO
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*13:59JST 二つの大国に挟まれたカザフスタンの憂鬱【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】 ■カザフ語表記文字の変更 2019年に首都アスタナをヌルスルタンに改名。首都に降り立つ際に寄るヌルスルタン・ナザルバエフ空港は、キリル文字とラテン文字で書かれていることは写真からも見てとれることであるが、この些細な表記がこれからの変化を示唆している。 2017年に当時大統領であったナザルバエフ(現在、カザフスタン共和国安全保障会議「終身」議長)は、大統領令でこれまでのカザフ語の表記をキリル文字からラテン文字に転換することを命じた。これによって、2025年までにはキリル文字で書かれたものを全部ラテン文字に書き換えることと、教師の再訓練が終わることになっている。なお、この転換の正式理由は、ラテン文字のほうが文字数が少ないなどキリル文字より簡単であるということになっているが、もちろん理由はそんなに単純ではない。 ソ連時代、ソ連中央は構成国内で認められている様々の言語の国・地域に対して、統一的な反ソ連的な自意識を持たせず、なるべくロシア語に同化させ、非ロシア語で統一戦線を組ませないように考えた。具体的には言語ごとにキリル文字へなるべく統一して独自・伝統的な表記を認めないことと、その当てているキリル文字も他の言語のキリル文字とやや違うものを当てることなどとなる。カザフ語(カザフスタンの名前の基となった、カザフ民族の言語)は元々アラビア文字で書かれていたため、一度キリル文字にほぼ強制的に適用したことによって、ソ連時代の集団農業化を起因として周辺のソ連構成国や中国に脱出したカザフ人は、「新しい」キリル文字のカザフ語を理解ができないという副作用をもたらした。このような政策を通じて、現在でもロシア語がガザフ語より使われている可能性が指摘されている。 なお、旧ソ連の共和国で文字を変えた国(モルドヴァ、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)は独立後比較的早い時期に表記文字の変更を行ったが、カザフスタンは国内外の情勢安定化のために2017年まで変更を控えていた。 ■カザフスタンの「多様性」 カザフスタンは面積で見ると世界で9番目に大きい国である。資源も豊富にあり、人口を内包するのに十分な大きさもある。そして、世界の中でも三番目に多くロシア語を話す国であることで、非常に複雑な「多様性」があることをうかがえる。 カザフスタンは真の意味で多民族国家であり、言語も複数あれば祝日にも差がある(例えば、新年は三回祝う:1月1日、1月14日(ユリウス暦による旧正月)、そして3月中)。カザフスタン人の中のいわゆるカザフ人は元々遊牧民ではあるが、集団農業の際に多数の死者を出したため、多くのカザフ人が今のウズベキスタン、トルクメニスタン、中国に逃げた経緯がある。このため、カザフスタン内の民族的なカザフ人の人口が減った。カザフ人が減る前から、多くのロシア人(240万人ほど)が帝政時代、主に北カザフスタンへ在住し始めて、さらに50年から60年代に170万人ほどが加わったため、結果的にカザフ人の人口率が更に減ることにつながった。 ソ連崩壊時にカザフスタンは、独立を果たしていた他の元ソビエト共和国より、明らかに民族の多様性が高い(カザフ人は39%しかいない)。なお、ソ連時代、カザフスタンにはカザフ人概ね40%、スラヴ系(主にロシア人)が44%であった。ソ連崩壊後260万人ほどがカザフスタンから出た(主にロシア人がロシアに「帰国」)が、それでもカザフ人が自らの名前が付く自国内で多数派ではない時期が長い。 ■ロシアとの関係性の難しさ 多様性が高いことを周りも十分承知しているため、国家としての統一性がないのでは、という趣旨のロシア側コメントが散見される。このような主権を蔑ろにされるコメントが発せられても、今までカザフスタンは黒海を通じてでしか資源輸出ができないため、資源が豊富であっても常に難しい立場をロシアから強いられてきた。 特にクリミア等の例で、ロシアがその国境を押し拡げようとしていることを全く隠そうとしない際、カザフスタンは主権を守ると同時に、なるべくロシアを刺激しないというバランスが必要になってくる。アグレッシブな「独立意識」だとロシアからの反動がその分強くなると思われるため、「ソフト」なアプローチでその独自性を主張することになる。文字表記の変更も比較的「ソフト」なアプローチの一つであるが、上記のような難しさもあり、今まで控えてきたことは想像に難しくない。 ■カザフスタンのあがき カザフ人が「自国」内において多数派でないという事実から、文字の変更以外でカザフスタンは、民族的なカザフ人の帰国を推奨している。国籍取得の速さなどで他の入国者よりも様々な優遇措置を取っていることで、民族構成を変化させようとしていることが分かる。 実際、アルマトイ(元首都)はカザフ人の割合を22%から60%へ引き上げ、ヌルスルタン(現首都、元アスタナ)は同17%から78%へ引き上げることに成功している。そして、「帰国」してきたカザフ人には、地域によってスラヴ系(基本、ロシア人)の割合が80%である北部になるべく住むよう勧めている。もちろん、民族の比率を変えようとしていることを大っぴらに言わず、正式の見解としては労働者不足を補うため、ということになっている。 カザフスタン当局にとっての懸念点は隣接するロシアと縁の深いロシア人であるため、彼らの構成比率が高い北部国境地帯では厳しい監視体制がとられている。他にも例として、タジク人とカザフ人の友人間で一方が刺されたら、家族ぐるみ、村間の喧嘩に発展したため、落ち着くまで地域周辺のインターネットをシャットダウンして武装警察が対応した。これから分かるように、対応を誤れば決定的にこじれる可能性がある民族間の諍いに当局は敏感である。 もちろん一方では、このような監視体制や、なるべくロシア語を使わせないという政策に対してスラヴ系が差別されていて「ロシアからの介入が必要」と主張することにもつながる点を当局が気にしている面もある。 首都をアルマトイ(南部)からアスタナ(北部)に動かしたのも、北部の安定と支配力を高めることを考えてのことであったと見られる。ただ、そのことを表立って主張せず、遷都の理由はアルマトイに地震多いことや中国国境に近すぎる、国の富みをより南部以外の地域にもいきわたらせるということになっている。 ロシアはカザフスタンを一つの緩衝地帯としているが、カザフスタンを取り組むことについて特に躊躇しないというシグナルを時々出す。このため、上記のように自国の独自性を高めようとはしているが、バイコヌール宇宙港のリースや鉄道の一部が自然とロシアの国内を通ることを変えないなど、ロシアの機嫌を今でもうかがうことに余念がない。 クリミア半島の併合時、様々な民族的背景の「カザフスタン人」、特にカザフ人は、次にロシア人口が多い国がカザフスタンであるため次の標的を自分の国と思うのが自然であった。そして、カザフスタン内のスラヴ系の人たちもカザフスタン政府からの扱いに不満を持ち、様々な面で相互不信があるため、国内外のバランスが要求されることを見て取れる。 ■中国の台頭、カザフスタンの地政学的な行動の幅が広がるが…… ここで、これまでのカザフスタンとロシアの関係に中国の台頭が入り込む。中国はカザフスタンの1/4の石油をコントロールしている。また、国境にあるコルゴスの列車ターミナルは中国とヨーロッパとの貿易の非常に重要なハブになっているため、中国の一帯一路についての大々的な「顔」にもなっている。中国とヨーロッパとの貿易の間にあることもカザフスタンの経済に好影響を及ぼしている。 カザフスタンの基本戦略は、ロシアを安全保障のパートナーとして喜ばせ、国内にいるスラヴ系住民を反乱(そしてロシアを招き入れ)させない程度に落ち着かせ、中国との経済を深めて、他の中央アジアの経済より上を行く成長を確保することが命題であろう。これの命題に沿ってこれまでの行動を見れば、今までのカザフスタンのバランス感覚は本物であることが見える(もちろん、ヌルスルタン・ナゼルバイエフ大統領の独裁体制抜きでは語れないが)。 しかし、これまでの計算を揺さぶる要素も出てきている。これは、中国におけるウイグル問題とカザフスタンとの関係性にある。トルキスタンとも呼ばれる箇所では、昔からも、そしてより最近でも、ソ連時代に逃げてきたカザフ人がいる。カザフ人のほとんどがイスラム教徒であり、ウイグル人と共通である「テュルク系」民族である影響からウイグル問題の延長線で中国はカザフ人も拘禁しており、このことを通じてカザフスタン内で反中感情が出てきている。結果、中国と深く付き合うことは危ないという考えも出ている。カザフスタンも、中国から逃げてきたカザフ人を中国に明け渡さないスタンスを取っていることから、国内感情と国外同胞をどうにか国の一部にしたいということと、どう中国と付き合えばいいのかという苦悩が見られる。 カザフスタンは上記の情勢のため、ロシアと中国の地政学的な動きに左右されてしまい、非常に面倒なバランス行動を取る必要がある。実際、ロシアと中国の影響力を巡る戦いは、印象としては現在ロシアが比較的中国に好きにさせているとしても、今後問題になることを想像することが難しくない。第三者、例えばアメリカがこの地政学的なパワーバランスに入って、カザフスタンを使用してロシアと中国の中央アジアにおける影響圏の計算を狂わせようとすることを考えたら、更に複雑になることも想像に難しくない。今後、カザフスタンと同国を巡る動きに注目することで、大国の思惑が見えると思われる。 地経学アナリスト 宮城宏豪 幼少期から主にイギリスを中心として海外滞在をした後、英国での工学修士課程半ばで帰国。日本では経済学部へ転じ、卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)の軍事支出と経済発展の関係性について分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。実業之日本社に転職後、経営企画と編集(マンガを含む)を担当している。これまで積み上げてきた知識をもとに、日々国内外のオープンソース情報を読み解き、実業之日本社やフィスコなどが共同で開催している「フィスコ世界金融経済シナリオ分析会議」では、地経学アナリストとしても活躍している。 《SI》
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